はゝき木(帚木)とは園原(そのはら)にあった巨木で、源氏物語を始めとする古文学に登場します。
ここ、園原は東山道最大の難所である神坂峠(みさかとうげ)の麓であることから、当時の都人に知られていました。帚木はヒノキの巨木で、帚(ほうき)を逆さにしたような形であったために、この名がつきました。遠くからは見えるが、近づくとその姿が見えない不思議な木として知られていました。源氏物語「帚木」の巻はこの木に由来しています。「帚木」の巻では、園原の帚木を題材に主人公の光源氏と空蝉が和歌を交わしています。
現在では台風の被害などにより、根元の幹を残すのみとなっています。
東山道・園原ビジターセンター「はゝき木館」はこの「はゝき木」を名前の由来としています。
約1300年前、日本の主要官道の1つであった東山道(とうさんどう)が園原を通過していました。東山道は近江の瀬田(現滋賀県)から、多賀城(現宮城県)を結んでいました。
園原は東山道最大の難所である神坂峠の麓に位置しています。そのため、伝教大師最澄が旅人の苦労を思い布施屋(旅人の休憩所)を作るなど、旅人の心の拠り所として、重要な場所でありました。
神坂峠とその東麓からは多くの石製模造品が発見されています。石製模造品とは剣や鏡を石を用いてかたどったものです。これらは古墳時代に神坂峠を越えた人たちが旅の安全を祈願し供えたものだと考えられています。神坂峠は貴重な祭祀遺跡として、国の史跡になっています。
園原にある杉の木平遺跡からは平安時代から中世にかけての焼き物が大量に出土しています。これはこの時代に峠の往来が盛んであったことを示しています。